ホワイトベリーのメンバー死亡は本当?現在何してる?経歴まとめ

この記事では、ホワイトベリーのメンバーが死亡したという噂について調査しました。ホワイトベリーといえば、2000年代に活躍したガールズバンド。1999年にメジャーデビューし、後世に名を残すヒット曲を生み出しましたが、全盛期だった2004年に突然解散しています。そんなホワイトベリーのメンバーが死亡しているといわれているようですが、事実なのでしょうか?ベビーメタルメンバーなど、多くの売れたバンドではなぜだか死亡説が出がち。ほとんどの場合はデマですが、この記事ではホワイトベリーのメンバー死亡について調査してみました。

ホワイトベリーのメンバー死亡は本当?

結論からいうと、ホワイトベリーのメンバーは死亡していません。そのため、この噂はデマであることが分かっています。しかしながら、ボーカルの前田有嬉(まえだ・ゆき)さんを除く当時のメンバーは一般人として生活されているため、実際のところ、どこで何をされているのかは分かっていません。そのため、死亡していないと断言することもできないのですが、芸能活動をしている前田さんから正式な発表がないことから、現時点ではみなさんそれぞれ、元気に過ごされているものと思われます。

ホワイトベリーのメンバー死亡の噂はなぜ?

ホワイトベリーのメンバーが死亡したといわれていますが、実はこれといって特別な理由はありませんでした。類似バンドのメンバーが亡くなったり、メンバーの友人や家族が亡くなったり、誤解を生じさせるような出来事があったわけではありません。それでもホワイトベリーのメンバーが死亡したといわれるようになったのは、単にホワイトベリーが解散しメンバーの姿がみられなくなったからでしょう。2004年に解散して以降、どこで何をしているか分からないことから「死亡した可能性」が噂となって広まってしまったのですね。

ホワイトベリーのメンバーは現在何してる?

ホワイトベリーのメンバーは、2004年のグループ解散とともに散り散りになってしまいました。2025年現在、芸能活動を続けているのは、ボーカルの前田有嬉さんのみです。当時は前田由紀という名前で活動していましたが、2014年に結婚し改名したそうですよ。前田さんを除く4人は音楽活動をしておらず、前田さんから発信される情報以外からは、現在何をしているか知るすべはありませんでした。

前田有嬉は2005年に「yukki」でデビュー

ホワイトベリーが2004年に解散してから、ボーカルの前田有嬉さんはソロアーティスト「yukki」としてデビューしました。しかし、ソロ活動はわずか2年で終了。2007年から「前田由紀」名義でTHE HUSKYのボーカリストとしても活動していました。2011年にTHE HUSKYを脱退し、再びソロ活動を始めます。現在は「前田有嬉」に改名し、MUTOWN RECORDSに所属していますよ。

現在はソロアーティストで安定

ホワイトベリーの解散から、前田さんは活動の軸をあちこちに移しながら音楽を続けてきました。THE HUSKYのボーカリストとして活動していたのはわずか4年足らずで、脱退理由が「個人的にまだまだ成長したいという気持ちがあり、自分のやりたい事、表現したい事をもっと追及したい」というものだったことから、前田さんはグループに所属するよりも個人活動のほうが向いていたのかもしれませんね。

デビュー曲から順調な売り上げ

2017年に、ソロアーティスト前田有嬉としてデビュー曲『僕たち結婚するんだ。』をリリースすると、USEN HIT 週間インディーズランキング最高位第4位となりました。ホワイトベリーとしての代表曲『夏祭り』で披露した、唯一無二の歌声は、世代を超えて愛されてきたのですね。翌年には自身初となる全国キャンペーンを実施し、北海道から沖縄まで全国32会場で開催したそうですよ。ホワイトベリーの『夏祭り』がプロ野球ヤクルトスワローズのチャンステーマになっていることから、球場で懐かしの同曲を披露することもありました。

地元に戻り結婚と出産も

前田有嬉さんは2019年に、地元の北見市に戻りホタテ漁師と結婚したことを公表しました。2021年と2023年に子どもを出産しており、現在は地元・北海道で暮らしているようです。前田有嬉さんは歌手デビューしてからずっと東京で暮らしていましたが、都会での生活に疲弊し、地元に戻ることを決意したそうです。とある子ども服店でアルバイトしていて、その店の店長が元ホワイトベリーのメンバー・稲月彩さんだったことも明かしました。

参考:スポニチアネックス

ホワイトベリーのメンバー経歴を振り返ってみた

ホワイトベリーのメンバーは、2000年にリリースした楽曲『夏祭り』で一世を風靡しました。全国区の人気を獲得し、累計70万枚以上を売り上げたり、第42回日本レコード大賞新人賞を受賞したりと、その勢いはものすごかったですよね!当時は全員が中学生もしくは高校生だったこともあり、ホワイトベリーを皮切りに、学生がバンドを組みデビューするという流れが生まれたともいわれていますよ。

結成からデビューまで

ホワイトベリーは、北海道北見市出身のメンバーによって1994年に結成されました。結成したのはギター・コーラス担当の稲月彩さんだったそうで、当初は全員小学生だったそうですよ。「ストロベリーキッズ」というバンド名で、父親の影響でギターを弾いていた稲月さんが、貼り紙を出してメンバーを募ったのだとか。アマチュア時代は、地元のライブハウスや祭り会場で活動していました。1997年、そのようすを日本テレビの『投稿!特ホウ王国』が放送し、デビューが決まったそうです。

デビューから解散まで

ホワイトベリーは1999年にミニ・アルバム『after school』でデビューしました。収録曲『通学路』は、テレビアニメ『キョロちゃん』のエンディングテーマとして使用されていました。そして2000年、JITTERIN’JINNのカバー曲『夏祭り』でオリコンシングルチャート最高位3位を記録するスマッシュヒットを叩き出しました。そんな爆発的大ヒットから3年後の2004年、メンバーの大学進学を理由に解散したのでした。

まとめ

ホワイトベリーのメンバーが死亡したという噂について、調査しました。ホワイトベリーのメンバーは実際に死亡しておらず、ボーカルの前田有嬉さんのみが音楽活動をしていました。他のメンバーは一般人として生活しており、結婚しているのか、どのような仕事をしているのかは、ほとんど分かっていません。死亡の噂はあるものの、前田さんからそのような発表がないことから、デマであると考えられます。ホワイトベリーの名曲『夏祭り』は、夏の風物詩。これからもたくさん聴いて、ホワイトベリーを思い出す季節にしたいですね!

関連記事

HAKUTO
HAKUTO
ステップインフォ運営管理者のHAKUTOです!某メディアサイトにライターとして10年在籍。 一念発起して独立と同時にニュースサイトを立ち上げ。 メディアサイトで培った、独自の目線で記事をお届けいたします!